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2009.06.06

元祖テレビ屋ゲバゲバ哲学/井原高忠

井原高忠 元祖テレビ屋ゲバゲバ哲学 Book 井原高忠 元祖テレビ屋ゲバゲバ哲学

著者:恩田 泰子,井原 高忠
販売元:愛育社
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こうして話してしまうことも無粋なのだが、オタクみたいな野暮天には陥りたくないので、今までの人生の中では、特定の人以外にはつまらぬこだわりをあまり表へ出さずに生きてきた。でも、あたしの音楽も笑いも風俗も飲み込んでしまう懐古趣味は、遺伝子のなせる業なのか、何かのトラウマを負ったか、下らない神の啓示を受けたのか、はたまたただの偏執狂なのかは知らないが、とにかくある意味での強烈さがあるとは自負できる。しかし、この趣味が過ぎる人間でも、現代にはとても感謝している。

クレージー・キャッツが「ラプソディー・イン・ブルー」を演奏しながら、ピアノをぶっ壊す「植木等ショー」が見たいと思えば、それをアーカイブしたDVDをすぐに買って見られる。

生まれる前に放送していた「巨泉・前武ゲバゲバ90分!」や、そのネタ元になった「ローワンとマーティンのラーフ・イン」を、生まれる前に亡くなってしまった「文楽」や「志ん生」の芸を確かめたいと思えば、インターネットから確認できる。

「丹下左膳餘話 百萬兩の壺」で珍妙な扮装が完成し、戦後すぐの映画「東京五人男」が最後の出演となった高瀬実乗(アノネのオッサン)ってどんな人だろうと思ったら、CSで放送されるものを録画して、じっくりと観察する。

とまあ一部ではあるが、こんな感じだ。

昔は、4月21日の「放送広告の日」の午後4時くらいから放送するCMアーカイブ番組を、小学校から走って帰ってきて、テレビの前で正座しながら内容を真剣に憶えたり(当時、我が家にはビデオはなかった)、時々放送される「あの人は今」や懐かしものの番組を、これまた記憶を頭に焼き付けながら見るといった、世間からは愚行と評されるくらいのことに血道を上げていたのだ。だから、この進歩したテクノロジーを使って、至極アナログなソースを確認するのが僅かな時間で可能となった今をありがたく思っている。

でも、この趣味がなければ、早い段階から井原高忠氏に気づくこともなかっただろう。

有名な「ゲバゲバ」や、なぜか前述したような懐古番組で見た記憶がある「スーパースター8 逃げろ!」(VTRすら残っていないような感じはするのだが、確か懐古番組で見た記憶がある。メインだったおヒョイさんが子どもの頃から好きだったので、妙に記憶に残っている)のプロデューサーとしての認識はあったのだが、高校の頃に図書館で読んだ小坂一也氏の「メイド・イン・オキュパイド・ジャパン」で、本格的に井原さんを意識したのかなあ。あたしもこんなテレビ屋さんになりたいなあと思ったものだ(数年後、地方局にすら受からないことで潰えてしまうくらいの、全くもって大したことがない夢だったのだが)。

学生時代の井原さんは、前述した小坂氏がボーカルの、当時大人気だったカントリーバンド「ワゴン・マスターズ」のバンマスを努め、卒業後に日テレで番組製作を始めてからも、カメラ割りを「小節で指定する」なんてことをやっていたと聞いていたから、テレビ屋さんになりたかったあたしもバンドをやったのですよ。昔から自信を持って、「女性にモテるため」にバンドをやったわけではないと言っていたのだが、その理由がこういうことだって説明しても、周囲は理解できないでしょう。「プロデュースをするには経済感覚も大事だ」といって商学部に入ったくらいなわけだし。まあ、若干頭がおかしいけど、それだけテレビが大好きだったということでございます。

本書の最後の最後で、井原さんは日本を指して「一億総幼児化」と表現している。テレビの世界も同様に、作り手も見手も幼児化している。だからということもあってか、今はテレビを全く見なくなった。ピークは一日10時間くらいだったのが、見てるなあと思ってもせいぜい1時間で、全く見ない日も多い。なぜなら、ただ喧騒が渦巻いている箱(今は板と言ったほうがいいのだろうか)を眺めているほどの余裕は、あたしにはないからだ。作り手のプロになれなかった分だけ見手のプロになろうと、素人としてのポジションを守りつつ、あらゆるものを雑多に吸収することに時間を費やすだけで、あたしは精一杯なのである。黙って好きなテレビを見続けてればいいと思われるだろうし、人から見れば途方もなく無駄な時間だろうが、テレビ、ひいてはエンターテインメントを愛するからこそ、馬鹿げたテレビに反目する状況が続く以上は、これからも続いていく行為であるはずだ。あたしの人生という下らない三流のSHOWだってmust go onなのです。

井原さんみたいなテレビ屋さんが走っていたトラックとは、要求される能力や競技すら違うような時代だから、この本と全く同じような感覚で番組を作ることは出来ないのかもしれない。でも、ある種の「星の王子さま」みたいな本で、粗製濫造の番組が氾濫していることに嫌気が差している、しっかりした矜持を持ったテレビ屋さんであれば、原点に立ち返るためには読んでも損はしないのだろうと思う。一介のテレビ好き素人のあたしにとっても、大変ためになる本なのだから。

そんな井原さんは、今日80歳の誕生日を迎えます。

追伸:本書の横にこの本を置いておけば、もっと楽しめますよ。

テレビの黄金時代 (文春文庫) Book テレビの黄金時代 (文春文庫)

著者:小林 信彦
販売元:文藝春秋
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